(side 桃)
越前お前・・・
なんで俺じゃ駄目なんだよ・・・
なんで副部長なんだよ・・・
なんでそんな簡単に俺以外の奴に体を預けるんだよ・・・
俺は握り拳を握ったまま、隣にいる英二先輩に視線を向けた。
「・・・英二先輩」
「何?」
「今のアレ・・・どういう事っスか?」
「アレって?」
英二先輩が眉間にシワを寄せて俺を見る。
アレの意味がわかっているのに聞き返しているんだ。
英二先輩の表情を見ればそんな事はすぐにわかったが、俺はあえて説明した。
どうしても言わずにはいられなかった。
だってそうだろ?あんな姿見せられて・・・
「副部長があんな風に英二先輩以外を抱えて行く事っスよ」
「そんなの・・・仕方ないじゃん」
英二先輩は俯いて、呟くように答えた。
「仕方ないって・・・ホントにそれでいいんっスか?」
そんな言葉で割り切れるんスか?
あんたは副部長を信じてるかもしんねぇが・・・もしも・・・
もしもアイツが・・・越前が・・・あんたの大切な人を想っているとしたら・・・
自分の中のイライラを英二先輩にぶつける様に詰め寄ると、顔を上げた先輩が俺を睨みつける。
「何が言いたいんだよ」
「もし越前が副部長の事を・・・」
言いかけると、英二先輩の声に遮られた。
「桃っ!」
「なんスか?」
「それ以上言ったら俺、怒るよ」
英二先輩の大きな目が俺を射る。
普段明るい先輩からは想像できないぐらい鋭い目だ。
俺は一瞬そんな目に怯んだが、グッと堪えて言い返した。
「怒るって、既に怒った顔してるじゃないっスか」
「うるさい。桃は桃の事だけ考えればいいだろ!大体お前が・・・」
英二先輩は何か言いかけて、言葉を飲むように止めた。
大体・・・・俺が?
「俺が何だっていうんスか?」
英二先輩・・・アンタ何か知ってるんスか?
俺、何かしたんっスか?
気になるやめ方をされて、俺は英二先輩の肩を掴んだ。
「知らない。桃は練習に戻ってろよ」
英二先輩は俺の手を払うと、校舎の方へと体を向ける。
「戻ってろって、英二先輩はどうするんスか?副部長は一緒にって・・」
「俺はトイレ!」
「トイレって・・トイレなら向こうの方が近いじゃないっスか」
俺はコートから一番近いトイレの場所を指差した。
「どこのトイレ行こうと俺の勝手だろ?
兎に角、桃はみんなのとこに戻っててよ、俺も後ですぐに行くからさ」
「ちょ!英二先輩!」
呼び止める俺を無視して、英二先輩はそのまま歩いて行ってしまった。
・・・・ったく何がトイレだよ・・・そっちは保健室だろ・・・
英二先輩の指示通り先に練習を再開したものの・・・ちっとも身が入らない。
アイツ・・・大丈夫かな?
顔・・・腫れてるだろうか?
何をしていても越前の事を考えてしまう。
それというのも早く様子を聞きたいのに・・・
トイレだと言った英二先輩も、越前を保健室に連れて行った副部長もまだ戻っていないからだ。
俺はコートの外へ目を向けた。
一体何してんだよ・・・2人とも・・・クソッ・・・
側にあった小石を蹴ると、通りかかった海堂の足に当った。
「あ゛あ゛?何すんだテメェ!」
「あぁ悪ぃ。わざとじゃねぇんだ」
俺は片手で「スマン」と謝ったが、海堂は俺に詰め寄り胸倉を掴んだ。
「スマンじゃねぇだろ!ちゃんと謝れ!」
「だから謝ったじゃねぇか!」
「そんな適当な謝り方で、許されると思ってんのか?」
更に力を入れて胸倉を掴む海堂にいつもなら、『なんだとコラァ!』と反論するが、今はそんな気にもならない。
「だから悪かったって・・・」
力なく胸倉を掴む海堂の腕に自分の手を乗せると、海堂は舌打ちして胸倉を離した。
「しけた顔しやがって・・・テメェやる気あんのか?」
睨む海堂に返す言葉も無く目線を外すと、ようやく戻った副部長と英二先輩が目に入った。
あっ!戻って来た。
「悪ぃ海堂・・・俺ちょっと・・・」
俺は2人の姿を見失わないように、目で捉えたまま走り出す。
「ハァ?何がちょっとだ。おい!コラ!聞いてんのか!!」
海堂の声が背中越しに聞こえたが、俺はそのまま二人の下に駆け寄った。
「先輩!」
「あっ桃」
「どうした桃?」
「越前の様子・・・どうですか・」
俺はコートに入る前の2人を捕まえて、肩で息を整えながら聞いた。
「あぁ。越前なら大丈夫。今は顔を冷やしながら寝てるよ。
帰りにもう一度見に行くまで大人しくしてるように伝えてね」
「そうなんっスか・・・」
寝てるのか・・・アイツ・・・
そうか・・・
「何?桃、ひょっとしてずっと待ってたの?」
俺が越前に思いを馳せると、英二先輩が呑気に聞いてきた。
アンタって人は・・・俺の事忘れてたのか・・・?
ったく・・・自分だけ幸せそうなツラしちゃって・・・
「待ってたのって酷いなぁ・・・気になるのは当たり前でしょう。
一応は英二先輩の指示通り練習に戻ってましたけど、身なんか入りませんよ。
それなのに・・英二先輩はトイレとか言って、ちゃっかり副部長と戻って来てるし・・・」
恨めしそうにジロッと英二先輩を見ると、思い出したように動揺した英二先輩が言葉を濁す。
「へ?あぁ・・・アレだよ。大石とはトイレで会ったんだよ。ね、大石」
「えっ?あぁ・・・あぁ・・うん。そうトイレでな」
英二先輩の上目遣いに、あからさまに動揺した副部長がそれでも話を合わして苦笑した。
バレバレだってーの。
「そんな嘘はいいっスよ。それより帰りに様子を見に行くのは副部長が行くんスか?」
俺は改めて真面目な顔で副部長に聞いた。
副部長もそんな俺の姿に、笑みを消して答える。
「あぁ。そのつもりだが・・・どうしてだ?」
「俺に行かせて下さい!」
「桃に?」
「やっぱ越前に怪我させたのは俺っスし・・・
それに俺、自転車だからそのままアイツを乗せて帰れるし・・・」
だから俺に・・・と詰め寄ると、副部長は渋い顔をした。
「でもなぁ・・・」
駄目・・・なのか?
まさかまた越前が俺の事を拒否してるのか・・・?
副部長がいいって言ってるのか?
重い空気が流れた時に、英二先輩が副部長の肩を叩いた。
「いいじゃん大石。ここは桃に任せようよ。その方が二人の為だって!」
「う〜ん。でもな英二・・・」
「大丈夫だよなっ!桃っ!」
そして今度は俺の肩を叩く。
ありがてー英二先輩。俺の事援護してくれるんだ。
俺は元気よく大きな声で答えた。
「はい!お願いします!!」
「・・・わかった。じゃあ桃に任せるよ。だけど1つだけ・・・必ず仲直りしろよ」
「はい!任せて下さい!」
・ ・・って言ったものの・・・自信はないんだよな。
アイツがなんで俺にあんな態度をとるのか・・・なんで避けるのか・・・
イマイチよくわかってないもんな。
考えられる事とすれば・・・やっぱ色々告白した事で俺を軽蔑してるとか・・・
昼間そんな事、言ってたしな。
でもそれでもアイツがあそこまで避ける理由になるのか・・・
わからね〜なぁ。わからね〜よぉ。でも、このまんまなんてのは絶対嫌だしな。
何とかいつもの俺達に戻れるように・・今日中になんとかしたい。
ヨシッ!
俺は保健室の前で一度立ち止ると、気合を入れなおした。
いつも通り接してみよう。
何事もなかったように。
それで駄目だったら・・・・そん時考えりゃいい。
取り敢えず今は明るく。いつもの俺で・・・
「よぉ!越前。起きてるか?」
ガラッと勢いよくドアを開けて中に入ると、部屋の中は静まりかえっていた。
ん?いるんだよな・・・越前?
「おい。越前?」
俺はそのままベッドに歩み寄ると、一台一台確認した。
保健室には3台ベッドがある。
越前はその一番奥にある、窓際のベッドで寝ていた。
「なんだ・・・まだ寝てんのか・・・」
俺は越前の荷物をベッドの脇に置くと、そのまま越前の寝顔を覗き込んだ。
「ホントよく寝てんな」
至近距離に顔を近づけても、ピクリともしない越前。
俺はそれをいい事に、マジマジと越前の顔を見た。
睫毛なげえな・・・
それにこんな無防備に可愛い顔して寝て・・・
いつも生意気な態度とってるコイツからは・・・想像つかかねぇ〜な。つかねぇ〜よ。
それにこの唇
少しだけあいてるのが、なんとも・・こう艶かしいというか・・・・・・・
触れたい・・・
えっ!!?
自分の思考に自分で驚いた。
いやいやいや・・・何考えてんだ俺は!
それは不味い・・・誰もいないからってそんな事・・・
それにそんな事をしたのがコイツにばれたら、益々俺達の関係は最悪になっちまう。
俺はもう一度越前の顔を見た。
・・・・・・・・でも・・・こんなによく寝ていたら・・・少しぐらいなら・・・・
そっと触れるぐらいなら・・・・・大丈夫かも・・・
そうだ・・・もう一度だけ声をかけてみよう。
それでもし起きなければ・・・俺の想いを・・・
俺は意を決して、越前の耳元で声をかけた。
「おい!越前。起きろ。迎えに来たぞ」
「・・・・・・」
越前は、返事をしなかった。
ピクリとも動かず、小さな寝息が聞こえる。
だ・・・・大丈夫かな?
俺は小さく深呼吸した。
そして改めて、越前に顔を近づける。
俺・・お前が好きなんだ。
お前が俺を軽蔑していても・・・それでも俺はお前を離したくない。
お前が俺の事を見てくれたらって、そう思ってる。
越前・・・
起きてる時には、言えねぇが・・・今なら・・・俺の思いを素直に言える。
「・・・・好きだ」
俺はそっと顔を近づけて唇を重ねた。
優しく触れる程度に・・・だがその時、微かに越前が反応した気がした。
揺れる唇。
越前・・・お前まさか・・・・
恐る恐る目を明けると、越前と目が合った。
その瞬間越前が両腕で俺の肩を押す。
「あんた何してんスか?」
離れた俺に、体を起こした越前が睨みつける。
パニクッた俺は、どうしていいかわからず、ただオロオロしてしまう。
「いや・・スマン・・これはその・・・」
不味った・・・気づかれるなんて・・・あんなに声をかけても起きなかったのに・・
なんでよりによって、キスで目覚めるんだよ!
「いい加減にして下さいよ!誰かれなしにこんな・・・こんな事・・・」
震えた声でそう言いながら、越前が腕で口を拭いた。
そんな・・・そんな誰かれなしだなんて・・・俺は・・・
「そんなんじゃねーよ!誰かれなしにだなんて・・・俺だって初めてなんだからな!」
そんなのが言い訳になるはずがねぇ事はわかっているが、俺は咄嗟にそう叫んでいた。
「じゃあなんでこんな事するんスか!?」
「だから!それは俺がお前を・・・」
好きだから・・・・
もう一度そう言おうとして言えなかった。
今にも泣き出しそうな目をしながら、身を乗り出し睨む越前
俺はお前を泣かしたい訳じゃないんだ。
好きなんだ。
好きだから・・・触れたかったんだ。
だけどここで好きだなんて言葉にしたら、お前は俺から離れてしまう。
泣きたくなるほど、嫌な思いをさせた俺を許せないだろう。
俺は言葉を続けられなかった。
越前から目を逸らし、ジッと床を見つめる。
何やってんだ・・・俺は・・・
沈黙が2人を包んだ。
「もういい」
「えっ?」
顔を上げると、ジャージを羽織り鞄を持った越前がベッドから降りて俺に背中を向けた。
「帰る」
「帰るって、お前・・・1人で大丈夫なのか?」
「桃先輩と帰るよりマシ」
「マシってお前・・・そんな理由で1人で帰せる訳ないだろ?
俺が嫌なら他の先輩に頼むから、ちょっと待ってろよ」
越前に近づき腕を掴むと、越前は俺の手を振りほどくほど勢いよく振り向いた。
「触るな!!!」
「え・・・ちぜん・・」
驚いて越前を見下ろすと、眉間にシワを寄せた越前が目線を外したまま話す。
「アンタは俺の事なんてちっともわかってない。俺の気持ちなんて・・・」
搾り出すような声
泣きたいのか怒っているのか複雑な目の色をした越前に、俺は頭をハンマーで殴られた気がした。
俺はコイツをこんなに傷つけたのか・・・
自分の理性を押さえられず・・・衝動に任せてキスをして・・・
お前にそんな顔をさせて俺は・・・・
「越前・・・・悪かった」
許してくれ。
深く頭を下げると、越前の声が頭上で響く。
「なんで謝んのさ!謝るような事をしたと思ってんの?」
えっ・・・?
顔を上げると、更に眉間にシワを寄せて苦しそうな顔をする越前と目が合った。
「だってお前!それは・・・」
そんな顔をして、嫌だったんだろ?
俺の事、許せないんだろ?
「そんなだからわかんないんじゃん!あんた一体どうしたいの?
謝るぐらいなら、最初からやんなきゃいーじゃん!俺を惑わせないでよ!」
「・・・越前」
「帰る」
「おいっ!」
「ついて来ないでよね」
越前はそのまま保健室のドアを開けると、振り返らずそのまま出て行ってしまった。
俺は呆然とその姿を見送り、追い駆ける事も出来なかった。
なんでこうなんだよ・・・
なんで俺はいつも空回るんだよ・・・
チクショー!!!!!
俺は越前が寝ていたベッドに、大の字で寝転んだ。
越前が出て行って、どれぐらい経っただろう。
俺は保健室の天井をジッと眺めたまま動く事も考える事も出来ずにいた。
窓の外は少しずつ薄暗くなり始めていた。
いい加減帰らなきゃな・・・いつまでもこんな所にいる訳にもいかねぇし・・・
それでも何とか思考を戻し体を起こそうとすると、聞きなれた声が耳に飛び込んできて、同時に保健室の明かりがついた。
「桃っ!」
呼ばれた方へ顔を向けると、保健室の入り口に英二先輩が立っていた。
「え・・・いじ先輩・・」
「何やってんの!?」
半分怒ったような半分心配してるような声で、英二先輩が近づく。
俺はベッドから降りると、頭を下げた。
「スンマセン・・・俺、約束したのに・・・越前の事・・・」
「そんな事知ってるよ!会ったから」
「えっ?」
「で、おチビは大石が送って行った。だから大丈夫。それよりも俺が言いたいのは・・・
桃はここで何してんの?って事!」
「それは・・・」
なんて説明していいのか・・・越前にキスをして・・・アイツにあんな顔させて・・・
俺は頭を振った。
言える訳がない・・・
「・・・スンマセン」
「桃。俺は謝って欲しくて言ってるんじゃないんだよ。だからさ、言い方を変えれば・・・
んん〜もういいや!じれったい!ハッキリ聞くけどさ、桃はおチビの事どう思ってんの?」
「えっ?」
ハッキリ聞くって・・・それって・・・英二先輩あんた俺の気持ちに気付いて・・・
「好きなの?嫌いなの?」
やっぱりそういう意味なのか・・・・
英二先輩の大きな目が俺の答えをジッと待つ。
好きか・・・嫌いか・・・・って・・・・そんなの決まってるじゃないっスか・・・
「好きっス・・・」
「じゃあこんな所にいるのはおかしいだろ?桃らしくないよ」
「・・・英二先輩」
「桃は当って砕けろ派だろ?誤魔化すとか、遠回りとか・・似合わないよ」
英二先輩が微笑む。
誤魔化すとか遠回りか・・そうだな俺は越前に対して少し、いやかなり臆病になっていた。
アイツが大事で、好きで堪らなくて・・・この関係を壊したくなくて・・・
だからちゃんと気持ちも伝えられなくて・・・だけどこんなの俺じゃない。
俺は両手で頬をバチンと叩いた。
「英二先輩ありがとうございます。俺、目が覚めたっスよ」
当って砕けろ派ってどうかとは思うけど・・・俺は俺の思うままに・・
「ホント?桃」
「今から越前のとこ行って来ます!当って砕けたら、骨拾って下さいよ!」
ニィと英二先輩に笑いかけると、英二先輩は満面の笑みを浮かべた。
「桃には借りがあるから、いくらでも拾ってやるよ。砕ければね。
だけど・・・今回は大丈夫だと思うなぁ。」
「また・・・いい加減な・・・まぁいいや・・・兎に角行ってきます!」
英二先輩・・・慰めでも・・・冗談でも大丈夫って言って貰えて嬉しいっス
それだけで、十分勇気・・・貰いました。ありがとうございます!
「頑張れ!桃っ!」
俺は英二先輩の声に後押しされる様に、自転車置き場へと走り出した。
2度ある事は3度ある・・・
いや・・・
3度目の正直にかけてみるか・・・
今回桃に頑張って貰って・・・と思っていたのですが終わらず・・
もうひと頑張り必要みたいで・・・次はリョーマです☆
予定では次で最後・・・なるべく続きを早くUPできるように頑張りますので、もう暫くお付き合いを・・・お願いしますvv
2009.3.20